化石燃料への依存強化は、米国が中国とのAI競争で後れを取る恐れを招く
2025年12月にオーストラリアの投資家クレイグ・ティンデール氏が発表した論文が、金融業界の一部とホワイトハウスで物議を醸している。
そのエッセーには「物質重視への回帰の必要性―工業軽視で弱体化する西側民主主義諸国」という耳障りなタイトルがついている。
ティンデール氏の主張の要点は、西側のエリートがスイスの情報機関が指摘するような「認知バイアス」にとらわれて、サービス分野の活動に過度に執着し、工業分野を軽視してきた、というものだ。
「西側各国は過去30年間、知的財産や金融商品、ソフトウエアコードを支配することこそが価値創造の最大の原動力となる、という暗黙の新古典主義的な前提のもとに運営されてきた」とティンデール氏は指摘する。
そして「西側のエリートたちは、工業によって様々な資源を国力へと変える物理的なプロセスを(中略)戦略的な危険を伴わずして低コストの地域にアウトソースできる、と考えてきた」と言う。
おかげで中国は、ほぼ抵抗されることもなく世界中の製造業のサプライチェーン(供給網)に参入することができ、それらを支配するに至ったというわけだ。
トランプ米大統領がベネズエラのマドゥロ大統領を排除した今、この説は検討に値する。
ベネズエラでの劇的な展開へのひとつの解釈は、トランプ政権は世界は米国、中国、ロシアがそれぞれの勢力圏を支配すればよいと考えており、必要とみれば露骨な略奪にも走る醜悪な「時代遅れの帝国主義」に逆戻りしている、というものだ。
その一方で、トランプ政権はティンデール氏の物質的なモノこそ重要なのだという主張を支持しており、工業界を支配しようとしているという別の解釈もある。トランプ氏は、そのためにベネズエラの化石燃料への中国のアクセスを阻み、同資源を永遠に支配したいと考えているという見方だ。
トランプ大統領は3日、「未来を決定するのは国家安全保障の中核をなす商業や領土、資源を守る能力だ」としたうえで、「これらは常に世界的な支配力を決定づけてきた鉄則で、我々は今後もそれを維持していく」と語った。
それはうまくいくのか。答えは、それを問う人物の知性と、時間軸次第で「イエス」とも「ノー」とも言える。
ベネズエラの石油埋蔵量は数字の上では世界最大で、将来採掘しうる原油の5分の1近くを占める。だが、ベネズエラでは生産に必要なインフラが崩壊している上、重質油で硫黄含有量が多く、西側諸国に販売するにはコストの高い精製が必要になる。1000億ドル(約15兆8000億円)を超す投資をしなければ開発は不可能だ。
トランプ氏は、その投資は米国の石油会社が引き受けると言っている。だが、エネルギー経済学者のフィリップ・バーレガー氏は「彼らにその資金はない」と筆者に語った。そのため米石油業界は、実際に投資するには米政府の保証が必要だとホワイトハウスに訴えている。
トランプ氏はそれに応じるかもしれない。そうなれば「ベネズエラ、ガイアナ、米国の石油埋蔵量を合わせて、米国は世界の埋蔵量の約30%を影響下に置くことができる」とJPモルガン・チェースは分析する。それは石油を巡る世界の勢力図を書き換えることになる。
しかし、そこには想定とは全く異なる痛烈なまでに皮肉な状況がある。
製造業を軽視する新自由主義者の視野の狭さに対するティンデール氏の批判は的を射ているが、トランプ陣営にも認知バイアスがある。最も顕著なのは、化石燃料が唯一のエネルギー源ではないという事実をかたくなに無視しようとしている点だ。
これは、実にばかげた考えだ。その理由を知るには、中国を見ればいい。
中国はここ数年、工業の生産を増大し、石炭の採掘を拡大する一方で、再生可能エネルギーに驚くべき規模の投資を進めている。それは気候変動対策という称賛に値する目的のためでもある。
だが、中国がこうした投資をしてきたのは、太陽光など一部の再生可能エネルギーが極めて安価なうえ、エネルギー源を多様化すれば経済の強靭性が高まるからでもある。
中国にとって安価なベネズエラ産原油を入手できなくなれば確かに痛手となる。だが、他のエネルギー源でその一部を賄うことができる。
また、著しく低価格の太陽光パネルなどの製品を世界各国に輸出することでソフトパワーを強化している。
加えて、中国は再生可能エネルギーへの投資を通じて、電力関連インフラを拡大しており、それは人工知能(AI)の開発競争に強力な追い風となる可能性もある。
国際情勢を専門とする米調査会社ユーラシア・グループを率いるイアン・ブレマー氏は、「中国の発電量は今や米国の2.5倍に達し、さらに差を広げている」と指摘する。しかも極めて賢明なことに、サウジアラビアやインドなどがその戦略を模倣しているとも言う。
だがトランプ政権は再生可能エネルギーの強化には取り組んでいない。それどころか化石燃料重視をさらに進める一方で、再生可能エネルギーについては従来の補助金を撤廃するなど軽視している。
これは気候変動に与える潜在的な影響を考えれば道義上、犯罪だ。その上、米国にとって経済的な自滅行為とも言える。
ソフトパワーを中国に明け渡しているだけではなく、再生可能エネルギーを攻撃することで、AIに必要な電力インフラ構築に向けた取り組みも台無しにしかねないからだ。ベネズエラの原油すべてを手に入れても、到底、目的を達成することはできないのだ。
ブレマー氏はこう指摘する。「大規模な電力供給能力を最も早く、最も低コストで上積みする方法は、18カ月で導入できる太陽光発電とバッテリーを活用することだ。しかし、米国は今、まさにその分野で自らに足かせをはめている」
そして「米政府は、世界に20世紀のインフラを購入するよう求めているが、中国は世界に21世紀のインフラを提供している」と続けた。
もっと率直に言えば、こういうことだ。トランプ政権はベネズエラの原油を巡る中国との短期決戦では勝利を収めた。しかし、AIに必要なエネルギーを巡るもっと大きな戦略的なグローバルな戦いでは、敗北するリスクがある。
投資家もトランプ支持者もこうした点に注目し、危険なほど時代遅れなトランプ氏の直感を嘆くべきだろう。(“What lies behind Trump’s retro oil plundering?”, By Gillian Tett columnist, Financial Times, January 9, 2026)



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