トランプはいかにして米国を対イラン戦争へと導いたのか ニューヨーク・タイムズ 2026年4月7日

ジョナサン・スワン記者
マギー・ハバーマン記者

一連の「シチュエーション・ルーム」での会議において、トランプ大統領は
自身の直感と副大統領の深い懸念、そして悲観的な情報評価を天秤にかけた。
彼がいかにしてその運命的決断を下したのか、その内幕を明かす。

2月11日午前11時直前、ベンヤミン・ネタニヤフ首相を乗せた黒いSUVがホワイトハウスに到着した。数ヶ月にわたり、米国がイランへの大規模攻撃に同意するよう迫り続けてきたイスラエルの指導者は、記者団の目から遮られたまま、ほとんど儀礼なしに内部へと通された。彼の長いキャリアの中でも、最も賭け金の高い瞬間の一つに向けた準備は整っていた。

米国とイスラエルの当局者は、まず大統領執務室に隣接する閣僚会議室に集まった。その後、ネタニヤフ氏はメインイベントのために階下へと向かった。トランプ大統領とそのチームに向けた、イランに関する高度に機密化されたプレゼンテーションである。場所はホワイトハウスの地下にある「シチュエーション・ルーム(緊急事態管理センター)」。そこが外国首脳との対面会議に使われることは滅多にない。

トランプ氏は席に着いたが、マホガニー製の会議テーブルの上座という、いつもの位置ではなかった。代わりに大統領は、壁に設置された大型スクリーンに面した側の一席を占めた。ネタニヤフ氏はその反対側、大統領の真向かいに座った。

首相の背後のスクリーンには、イスラエルの対外情報機関モサドのデビッド・バルネア局長や、イスラエル軍の当局者たちが映し出されていた。ネタニヤフ氏の背後に視覚的に配置された彼らは、自らのチームに囲まれた「戦時の指導者」というイメージを作り出していた。

テーブルの端には、スージー・ワイルズ大統領首席補佐官が座った。国家安全保障補佐官を兼任するマルコ・ルビオ国務長官は、いつもの席に着いた。ピート・ヘグセス国防長官と、こうした場では通常隣り合って座るダン・ケイン統合参謀本部議長が片側に陣取り、ジョン・ラトクリフCIA長官も加わった。大統領の娘婿ジャレッド・クシュナー氏と、イラン側と交渉を重ねてきたトランプ氏の特使スティーブ・ウィトコフ氏が、中心グループを固めていた。

リークを防ぐため、この集まりは意図的に少人数に限定されていた。他の主要閣僚は、この会議が行われていることすら知らなかった。また、副大統領も欠席していた。JD・バンス氏はアゼルバイジャンにおり、会議があまりに急に設定されたため、時間内に戻ることができなかったのである。

ネタニヤフ氏がその後1時間にわたって行うプレゼンテーションは、世界で最も不安定な地域の一つにおいて、米国とイスラエルを大規模な武力紛争の道へと進ませる決定的な転換点となる。そしてそれは、続く数日、数週間に及ぶホワイトハウス内部での一連の議論へと繋がっていく。その詳細はこれまで報じられてこなかったが、トランプ氏はイスラエルと共にイランを攻撃するゴーサインを出す前に、自らの選択肢とリスクを天秤にかけていた。

2月11日の「シチュエーション・ルーム」で、ネタニヤフ氏は強引な売り込みを行った。イランでは体制転換(レジーム・チェンジ)の機が熟していると示唆し、米・イスラエル共同任務によって、ついにイスラム共和国を終わらせることができるという信念を表明したのである。

ある時点で、イスラエル側はトランプ氏に短いビデオを流した。そこには、強硬派政府が倒れた後に国を引き継ぐ可能性のある「新たな指導者候補」たちのモンタージュが含まれていた。その中には、イラン最後の国王(シャー)の息子で、現在はワシントンを拠点に活動する亡命活動家レザ・パフラヴィー氏の姿もあった。パフラヴィー氏は、神権政治後の政府へとイランを導く世俗的指導者として自らを位置づけようとしていた。

ネタニヤフ氏と彼のチームは、ほぼ確実な勝利を指し示すものとして、いくつかの条件を概説した。「イランの弾道ミサイル計画は数週間で破壊できる。政権は著しく弱体化し、ホルムズ海峡を封鎖することはできなくなる。隣国にある米国の権益に対してイランが打撃を与える可能性は極めて低い」と評価された。

さらにモサドの情報にしたがって、イラン国内での街頭抗議活動が再燃し、イスラエルの諜報機関による暴動や反乱を扇動する刺激も加わって、激しい爆撃キャンペーンがイランの反体制派による政権打倒の条件を整えるだろうと主張した。またイスラエル側は、イラク国境を越えてイラン領内に侵入するイラン系クルド人戦闘員が北西部に地上戦線を開き、政権軍をさらに分散させて崩壊を加速させるという見通しも示した。

ネタニヤフ氏は自信に満ちた、単調ながらも力強い口調でプレゼンテーションを終えた。それは、その場にいた最も重要な人物、すなわちアメリカ大統領にうまく受け入れられたようだった。

「いい感じじゃないか」と、トランプ氏は首相に告げた。ネタニヤフ氏にとって、これは米・イスラエル共同作戦に向けた実質的な青信号を意味していた。

トランプ氏がほぼ決心を固めたという印象を抱いて会議を後にしたのは、ネタニヤフ氏だけではなかった。大統領のアドバイザーたちは、ネタニヤフ氏の軍と情報機関が成し遂げられると約束した事柄に、大統領が深く感銘を受けているのを目の当たりにしていた。それは、6月に行われたイランとの12日間戦争の前に二人が対話した時と同じような反応だった。

2月11日のホワイトハウス訪問の早い段階で、ネタニヤフ氏は閣僚会議室に集まったアメリカ人たちの意識を、イランの86歳になる最高指導者アヤトラ・アリ・ハメイニがもたらす「実存的脅威」に集中させようとした。

同席した他のメンバーが、作戦に伴う可能性のあるリスクについて首相に尋ねた際、ネタニヤフ氏はそれらのリスクを認めつつも、一つの中心的な主張を繰り返した。彼の見解では、「何もしないことのリスク」は「行動することのリスク」よりも大きいというものだった。彼は、打撃を与えることを遅らせ、イランにミサイル生産を加速させ、核計画の周囲に「免責の盾」を構築する時間を与えれば、行動の代償は膨らむ一方だと主張した。

その場にいた全員が、イランには米国よりもはるかに低コストで迅速にミサイルやドローンの在庫を積み上げる能力があることを理解していた。一方で米国は、地域の米国の権益と同盟国を守るために、はるかに高価な迎撃ミサイルを製造・供給しなければならなかった。

ネタニヤフ氏のプレゼンテーションと、それに対するトランプ氏の肯定的な反応を受け、米国の情報コミュニティには緊急の課題が突きつけられた。一晩かけて、分析官たちはイスラエル・チームが大統領に告げた内容の実行可能性を評価するために奔走した。

「茶番劇」

米国の情報分析の結果は、翌2月12日、「シチュエーション・ルーム」で開かれた米国当局者のみの別の会議で共有された。トランプ氏が到着する前に、二人の上級情報当局者が大統領の身内にブリーフィングを行った。

その情報当局者たちは、米軍の能力について深い専門知識を持っており、イランのシステムとその中の人物たちを隅々まで知り尽くしていた。彼らはネタニヤフ氏のプレゼンテーションを4つのパートに解体した。第一は「斬首」アヤトラの殺害。第二は、イランの戦力投射能力と近隣諸国への脅威を無力化すること。第三は、イラン国内での民衆蜂起。そして第四は、世俗的な指導者を据えた体制転換である。

米当局者たちは、最初の二つの目的はアメリカの情報力と軍事力で達成可能であると評価した。しかし、クルド人によるイランへの地上侵攻の可能性を含む、ネタニヤフ氏の提案の第三と第四のパートについては、「現実から乖離している」と判断した。

トランプ氏が会議に加わると、ラトクリフ氏がその評価を報告した。CIA局長は、イスラエル首相の体制転換シナリオを表現するために、ある一つの言葉を使った。「茶番劇」である。その時、ルビオ氏が割って入った。「言い換えれば、デタラメだということだな」。

ラトクリフ氏は、いかなる紛争においても事態の予測不能性を考えれば、体制転換が起こる可能性はあるものの、それを「達成可能な目標」と見なすべきではないと付け加えた。

アゼルバイジャンから戻ったばかりのバンス氏を含む数名もこれに同調し、体制転換の見通しに対して強い懐疑心を表明した。

大統領はケイン将軍に向き直った。「将軍、君はどう思うかね?」

ケイン将軍は答えた。「閣下、私の経験から申し上げれば、これはイスラエル人の常套手段です。彼らは過剰に売り込みますが、その計画が常に十分に練られているわけではありません。彼らは我々を必要としていることを知っています。だからこそ、強引な売り込みをしているのです。」

トランプ氏は即座にその評価を吟味した。体制転換は「あいつらの問題」になるだろう、と彼は言った。彼がイスラエル人を指しているのか、イラン国民を指しているのかは不明だった。しかし、結論として、イランとの戦争に踏み切るかどうかの判断は、ネタニヤフ氏のプレゼンの第三・第四パートが達成可能かどうかに左右されることはなかった。

トランプ氏は、第一・第二パート、すなわちアヤトラやイランのトップ指導者の殺害と、イラン軍の解体を実現することには、依然として非常に強い関心を持ち続けているようだった。

ケイン将軍。トランプ氏が親しみを込めて「レイジン・ケイン(暴れん坊ケイン)」と呼んでいたこの人物—は、数年前にイスラム国(IS)を他者の予測よりもはるかに早く撃破できると告げ、大統領に感銘を与えたことがあった。トランプ氏はその信頼に報い、空軍の戦闘機パイロットだった将軍を、トップの軍事アドバイザーへと昇進させた。ケイン将軍は政治的な忠誠派ではなく、イランとの戦争には深刻な懸念を抱いていた。しかし、彼は大統領に自らの見解を提示する際、極めて慎重だった。

作戦に関与する小規模なアドバイザー・チームが数日間にわたって検討を重ねる中、ケイン将軍はトランプ氏らに危機的な軍事評価を共有するようにした。イランに対する大規模な軍事行動が、ウクライナやイスラエルへの数年にわたる支援ですでに逼迫している、迎撃ミサイルを含む米軍の兵器備蓄を劇的に枯渇させるだろうという内容だ。ケイン将軍は、これらの在庫を迅速に補充できる明確な道筋を見出せていなかった。

彼はまた、ホルムズ海峡の安全確保の極めて大きな困難さと、イランが海峡を封鎖するリスクについても注意を促した。トランプ氏は、事態がそこに至る前に政権が屈服するという前提の下、その可能性を退けた。大統領は、これが非常に短い戦争になると考えているようだった。その印象は、6月に行われたイランの核施設爆撃に対するイラン側の鈍い反応によって補強されていた。

戦争に至るまでの過程におけるケイン将軍の役割は、軍事的な進言と大統領の意思決定との間の伝統的な緊張関係を象徴していた。ケイン統合参謀本部議長はあえて立場を明確にしないことに執心していた。大統領に何をすべきか教えるのが自分の役割ではなく、潜在的なリスクや二次的・三次的な影響を伴う選択肢を提示することこそが任務であると繰り返し述べていた。そのため、聞いている者には、彼が一つの問題の両面を同時に主張しているように見えることもあった。

彼は絶えず「それからどうするのか?」と問い続けた。しかし、トランプ氏はしばしば、自分が聞きたいことだけを聞いているように見えた。

ケイン将軍は、トランプ氏の最初の任期中に激しく対立し、大統領が危険や無謀な行動をとるのを止めることが自分の役割だと考えていた前任のマーク・ミリー将軍とは、あらゆる面で異なっていた。

彼らのやり取りに詳しい人物は、トランプ氏にはケイン将軍の戦術的な助言を戦略的な進言と混同する癖があったと指摘する。実務上、それはこういうことだ。将軍が、ある作戦の一側面における困難さを警告した直後に、米国には安価な精密誘導爆弾が実質的に無制限にあり、制空権を確保すれば数週間にわたってイランを叩き続けることができる、と述べたとしよう。

ケイン将軍にとって、これらは個別の観察結果だった。しかしトランプ氏は、後者の事実が前者の困難さを実質的に打ち消すと考えているようだった。

検討の過程で、将軍が大統領に対して「イランとの戦争は最悪のアイデアだ」と直接告げることは一度もなかった。もっとも、ケイン将軍の同僚の何人かは、彼がまさにそう考えていると確信していたとう。

タカ派としてのトランプ

ネタニヤフ氏は大統領のアドバイザーたちの多くから不信感を持たれていたが、状況に対する首相の見解は、トランプ・チーム内の反介入主義者や、広範な「アメリカ・ファースト」運動の支持者たちよりも、トランプ氏自身の意見にずっと近かった。これは長年にわたる事実であった。

二度の任期を通じて直面したあらゆる外交政策の課題の中で、イランは別格だった。彼はイランを唯一無二の危険な敵対者と見なし、政権の戦争遂行能力や核兵器保有を阻止するためなら、大きなリスクを冒すことも辞さなかった。さらに、ネタニヤフ氏の売り込みは、トランプ氏の「イラン神権政治を解体したい」という望みと合致していた。その政権はトランプ氏が32歳だった1979年に権力を握り、それ以来ずっと米国の目の上のたんこぶであり続けてきた。

今や彼は、聖職者指導部が実権を握ってから47年で、イランの体制転換を成し遂げる最初の大統領になれるかもしれなかった。通常は語られないが、常に背景にあったのは、カセム・ソレイマニ将軍が2020年1月に暗殺されたことへの復讐として、イランがトランプ氏の殺害を計画していたという事実による個人的な動機だった。ソレイマニ氏は、米国内ではイランによる国際テロの推進者と見なされていた。

二期目の大統領職に就いたトランプ氏の米軍能力に対する自信は、深まる一方だった。特に、1月3日にベネズエラの指導者ニコラス・マドゥロを住居から拘束した華々しいコマンド部隊の急襲作戦が、彼を後押ししていた。その作戦でアメリカ側に死者は出なかった。それは、米軍の類まれなる能力の新たな証拠として、大統領の目に映っていた。

閣僚内では、ヘグセス氏がイランに対する軍事キャンペーンの最大の推進者だった。

ルビオ氏は同僚に対し、自分がより複雑な心境であることを示唆していた。彼はイラン側が交渉による取引に応じるとは信じていなかったが、全面戦争を始めるよりも「最大限の圧力」キャンペーンを継続することを好んでいた。しかしルビオ氏は、トランプ氏に作戦を思いとどまらせようとはせず、戦争が始まった後は、確信を持って政権の正当性を代弁した。

ワイルズ首席補佐官は、海外での新たな紛争が何をもたらすかを懸念していたが、大規模な会議で軍事問題に強く口を出すことはなかった。むしろ、アドバイザーたちが大統領に対して自らの見解や懸念を共有するよう促す役割に徹した。ワイルズ氏は他の多くの問題で影響力を行使したが、トランプ氏と将軍たちがいる場では一歩引いていた。彼女に近い人物によれば、他人の前で軍事的な決定に関する懸念を大統領に共有させることは、自分の役割ではないと考えていたという。また、ケイン将軍やラトクリフ氏、ルビオ氏のようなアドバイザーの専門的な知見こそが大統領にとって重要であると信じていた。

それでも、ワイルズ氏は、米国が再び中東の戦争に引きずり込まれることを心配していると同僚に漏らしていた。イランへの攻撃は、中間選挙の数ヶ月前にガソリン価格の急騰を招く恐れがあった。その選挙の結果次第で、トランプ氏の二期目の残り2年間が「成果の年」になるか、それとも下院民主党からの「召喚状の年」になるかが決まるのである。しかし、最終的にワイルズ氏も作戦に同意した。

懐疑派としてのバンス

トランプ氏の側近の中で、イランとの戦争の見通しを誰よりも懸念し、それを止めるために誰よりも動いたのは副大統領だった。

バンス氏は、まさに今検討されているような「軍事的冒険主義」に反対することで政治的キャリアを築いてきた。彼はイランとの戦争を「リソースの甚大な浪費」であり「莫大なコストがかかるもの」と表現していた。

しかし、彼はあらゆる面でハト派というわけではなかった。1月、トランプ氏がイランに対し、抗議活動者たちの殺害を止めるよう公に警告し、助けが向かっていると約束した際、バンス氏は大統領に対し、自ら引いたレッドラインを守るよう私的に促していた。しかし、副大統領が求めたのは、2017年に民間人への化学兵器使用を受けてトランプ氏が行ったシリアへのミサイル攻撃に近い、限定的で懲罰的な打撃だった。

副大統領は、イランとの体制転換を目指す戦争は惨事になると考えていた。彼の本音は、いかなる攻撃も行わないことだった。しかし、トランプ氏が何らかの形で介入する可能性が高いと察し、彼はより限定的な行動へと大統領を誘導しようとした。後に、大統領が大規模な軍事行動を行う決意が固まったと見えた際、バンス氏は「目的を迅速に達成するために、圧倒的な武力で行うべきだ」と主張した。

同僚たちの前で、バンス氏はトランプ氏に対し、イランとの戦争は地域の混乱と計り知れない数の犠牲者を招くだろうと警告した。また、トランプ氏の政治連合を崩壊させ、「新たな戦争はしない」という約束を信じていた多くの有権者に対する裏切りと見なされるだろうとも述べた。

バンス氏は他の懸念も提起した。副大統領として、彼はアメリカの弾薬問題の深刻さを把握していた。生存への強い意志を持つ政権を相手にした戦争は、今後数年にわたり、他の紛争を戦う上で米国をはるかに不利な立場に追い込む可能性がある。

副大統領は周囲に対し、いかなる軍事的な洞察をもってしても、政権の存亡がかかっている時に、イランがどのような報復に出るかを正確に測ることはできないと語った。戦争は容易に予測不能な方向へ進み得る。さらに、戦後のイランに平和を構築できる可能性はほとんどないと考えていた。

これらすべてを超えた、おそらく最大のリスクがあった。それは、ホルムズ海峡に関してはイランが優位に立っていることだ。膨大な量の石油と天然ガスを運ぶこの狭い水路が封鎖されれば、米国内への影響は深刻なものとなり、まずはガソリン価格の上昇という形で現れる。

右派の介入懐疑論者として台頭していたコメンテーターのタッカー・カールソン氏も、昨年から何度か大統領執務室を訪れ、イランとの戦争は大統領職を破壊するとトランプ氏に警告していた。戦争が始まる数週間前、長年の知り合いであるトランプ氏は電話でカールソン氏をなだめようとした。「君が心配しているのは分かっているが、大丈夫だ」と大統領は言った。カールソン氏が「なぜそう言えるのか」と問うと、トランプ氏はこう答えた。「いつだってそうだからだ。」

2月の最後の数日間、米国とイスラエルは、タイムラインを大幅に早めることになる新しい情報について議論した。アヤトラ(イランの最高指導者)が、真昼間に、空爆に対して無防備な地上で、他の政権高官たちと会合を持つというのだ。それはイラン指導部の中枢を叩く、二度と訪れないかもしれない刹那のチャンスだった。

トランプ氏はイランに対し、核兵器への道を遮断する合意に至るための「最後のチャンス」を与えた。この外交工作は、米国が軍事資産を中東へ移動させるための追加の時間稼ぎでもあった。

「大統領の心は数週間前に実質的に決まっていた」と複数のアドバイザーは語る。ただ、正確に「いつ」やるかを決めていなかっただけだ。そこでネタニヤフ氏は迅速に動くよう彼を促した。

同じ週、クシュナー氏とウィトコフ氏が、イラン当局者との最新の会談を終えてジュネーブから電話を入れた。オマーンとスイスでの3回にわたる交渉を通じて、二人はイラン側が合意に応じる意思があるかどうかを試していた。ある時点で、彼らはイラン側に対し、核計画の存続期間中、核燃料を無償で提供することを提案した。これは、テヘランが濃縮に固執している理由が、本当に民間エネルギーのためなのか、それとも爆弾を作る能力を維持するためなのかを試すテストだった。

イラン側はその申し出を拒否し、自国の尊厳に対する侮辱だと呼んだ。

クシュナー氏とウィトコフ氏は大統領に現状を「何らかの交渉は可能だろうが、それには数ヶ月かかるだろう」と説明した。クシュナーしは、「もし『問題を解決できると目を見て言えるか』と尋ねているのなら、そこに至るには多大な努力が必要だ。なぜならイラン側は駆け引きをしているからだ」と告げた。

「やる必要があると思う」

2月26日(木)午後5時ごろ、最後の「シチュエーション・ルーム」での会議が始まった。この時までに、室内の全員の立場は明確になっていた。すべては過去の会議で議論済みであり、誰もが互いのスタンスを知っていた。議論は約1時間半に及んだ。

トランプ氏はいつものようにテーブルの上座に座った。右隣には副大統領。バンス氏の隣にはワイルズ氏、ラトクリフ氏、ホワイトハウス法律顧問のデビッド・ウォリントン氏、そしてスティーブン・チェン広報局長が座った。チェン氏の向かいにはカロライン・レビット報道官、その右側にはケイン将軍、ヘグセス氏、ルビオ氏が座った。

戦争計画グループは極めて固く閉じられていたため、世界石油市場の史上最大の供給混乱を管理しなければならない二人の重要閣僚、スコット・ベセント財務長官とクリス・ライトエネルギー長官は除外されていた。タルシ・ギャバード国家情報長官も同様だった。

大統領は「よし、何がある?」と切り出して会議を始めた。

ヘグセス氏とケイン氏が攻撃の順序を説明した。その後、トランプ氏はテーブルを見回しながら全員の意見を聞きたいと言った。

当初からの反対意見が確立されていたバンス氏は、大統領に語りかけた。「これが悪いアイデアだと思っているのはご存知の通りです。ですが、もしあなたがやりたいのであれば、私はあなたを支えます。」

ワイルズ氏はトランプ氏に対し、もしアメリカの国家安全保障のために進める必要があると感じているのなら、進めるべきだと告げた。

ラトクリフ氏は進めるべきかどうかについての意見は述べなかったが、イラン指導部がテヘランのアヤトラの邸宅に集まろうとしているという衝撃的な新情報について議論した。CIA局長は大統領に対し、「体制転換」という言葉をどう定義するかによって、それは可能だ、と述べた。「もし単に『最高指導者を殺害する』という意味であれば、おそらく我々にはそれが可能です。」

指名されたウォリントン法律顧問は、米当局者が構想し大統領に提示した計画に照らせば、法的に許容される選択肢であると述べた。彼は個人的な意見は差し控えたが、大統領に促されると、元海兵隊員として数年前にイランによって殺害された米軍奉仕者を知っている、と語った。この問題は依然として極めて個人的なものであった。彼は大統領に、もしイスラエルがいずれにせよ進めるつもりであるなら、米国もそうすべきだと語った。

チェン広報局長は、予想される広報上の悪影響を列挙した。トランプ氏はさらなる戦争に反対して立候補した。人々は海外での紛争に投票したわけではない。また、この計画は、6月のイラン核施設爆撃の後に政権が述べてきたことすべてと矛盾する。「イランの核施設は完全に粉砕された」と言い続けてきた8ヶ月間をどう説明するのか? チェン氏は「イエス」とも「ノー」とも言わなかったが、トランプ氏がいかなる決断を下そうとも、それが正しいものになるだろうと述べた。

レビット報道官は、これは大統領の決断であり、広報チームは全力を尽くしてそれに対処すると告げた。

ヘグセス氏は狭い範囲での立場をとった。彼は「いつかはイラン人に対処しなければならないのだから、今やってしまったほうがいい」としながら、技術的な評価を提供した。一定の期間、一定の兵力があれば軍事行動を遂行できる、という内容だ。

ケイン将軍は冷静だった。リスクと、この軍事行動が弾薬の枯渇にとっていかなる意味を持つかを説明した。彼は意見を述べなかった。彼の立場は、もしトランプ氏が作戦を命じれば、軍はそれを遂行するというものだった。大統領の二人の軍トップは、軍事行動がどのように展開し、イランの軍事能力を減退させる米国の能力がどの程度であるかを予見して見せた。

自分の話す番が来ると、ルビオ氏はより明確な意見を述べた。「閣下、もし我々のゴールが体制転換や民衆蜂起であるなら、やるべきではありません。ですが、もしゴールがイランのミサイル計画の破壊であるなら、それは達成可能な目標です。」

全員が大統領の直感に譲った。彼らはトランプが大胆な決断を下し、想像を絶するリスクを冒しながら、どういうわけかトップに立ち続けるのを見てきた。今、彼を遮る者は一人もいなかった。

「やる必要があると思う」としながら、大統領は一同に「イランに核兵器を持たせてはならないし、イランがイスラエルや地域全体に好き勝手にミサイルを撃ち込める状況を許すわけにはいかない」と告げた。

ケイン将軍はトランプ氏に対し、少し時間がある、翌日の午後4時まではゴーサインを出す必要はない、と伝えた。

翌日の午後、大統領専用機「エアフォース・ワン」の機内。ケイン将軍の期限の22分前、トランプ氏は以下の命令を送信した。

「『オペレーション・エピック・フューリー(作戦・壮大な怒り)』を承認する。中止はなし。幸運を祈る。」(“How Trump Took the U.S. to War With Iran”, By Jonathan Swan and Maggie Haberman, The New York Times, April 7, 2026)

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