マーク・カプト、バラク・ラヴィド記者
先週月曜日(2月23日)、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、ドナルド・トランプ大統領にある驚くべき「極秘情報」を伝えるため電話を入れた。イランの最高指導者と側近たちが、土曜日(2月28日)の朝にテヘラン市内の1か所に集結するという内容だった。
この協議内容について報告を受けた3人の情報筋によれば、ネタニヤフはトランプとそのチームに対し、「一度の壊滅的な空爆で、彼らを一掃できる」と告げたという。
2月23日に行われたこの電話会談(ホワイトハウスのシチュエーションルームから行われ、これまで報じられていなかった)こそが、イラン戦争の引き金を引いた決定的な瞬間だった。
この事実は、先週土曜日以来、議員やMAGA懐疑派、そして世界の指導者たちが抱いてきた「なぜ今なのか?」という疑問への答えとなる。
その答えはこうだ。アヤトラ・アリ・ハメネイ師とその側近グループは、トランプ、ネタニヤフ両者にとって、見過ごすことのできない「絶好のターゲット」だったのだ。
トランプはハメネイ師に関する新情報に接する前から、すでにイランへの打撃に傾いていた。決まっていなかったのは「いつ」か、という点だけだったが、ネタニヤフの電話がそれを決定づけた。
米イスラエル当局者によると、2月23日の電話会談は両首脳による数か月に及ぶ緊密な連携の一環だった。開戦に至るまでの2か月間で、両者は2回の対面会談と15回の電話会談を重ねていた。
米国とイスラエルは、土曜日よりも1週間早く攻撃を行うことも検討したが、悪天候などの情報・運用上の理由から延期されていた。
トランプの指示で行われたCIAによる初期調査で、イスラエル軍情報機関が収集したハメネイ師に関する情報が裏付けられた。
トランプがネタニヤフに対し、作戦遂行を検討すると伝えたことで準備は加速した。しかし、その前に翌晩に控えた大統領一般教書演説があった。
米当局者によると、トランプは演説でイランについて過度に言及しないという「意図的な決定」を下した。最高指導者を刺激し、攻撃実行前に地下に潜伏されるのを防ぐためだ。
木曜日(26日)までに、CIAは「ターゲットが全員集結すること」を完全に確認。ある情報筋は「このチャンスを逃す手はないという結論に達した」と語った。
同日、トランプの特使であるジャレッド・クシュナーとスティーブ・ウィトコフが、イラン当局者との数時間に及ぶ協議を終え、ジュネーブから電話を入れた。彼らの出した結論は「交渉は行き詰まっている」という冷徹なものだった。
会談の内容を直接知る米当局者によれば、トランプはこう告げられたという。「大統領が外交を望むなら、我々は合意を勝ち取るために戦い抜きます。しかし、彼らには大統領を満足させるような合意に応じる気配は微塵もありません」。
トランプは、情報の正確さと外交の終焉、この2点を確信した。そして金曜日(27日)の午後3時38分(米東部時間)、最終命令を下した。
その11時間後、テヘランに爆弾が降り注いだ。ハメネイ師は殺害され、戦争が始まった。
舞台裏では、トランプはネタニヤフを緊密なパートナーと見なし、イランに関する助言を真摯に受け入れていたが、同時に外交を尽くすことにも固執していた。
ある米当局者は「ホワイトハウスの片方で交渉を行い、もう片方でイスラエルとの共同軍事計画を進めていた。大統領は常に両方の状況を天秤にかけていた」と明かす。
米国がイスラエルに引きずり込まれたとの批判に対し、マルコ・ルビオ国務長官は火曜日(3月3日)、この作戦は「どのみち起こるべきことだった」とし、「タイミングの問題に過ぎない」と強調した。
「今週末は、この脅威に対して共同行動をとる唯一無二の機会だった。最大限の成功を収める必要があったのだ」とルビオは国会議事堂で記者団に語った。
一方、あるイスラエル当局者は「トランプは1月初旬のより早い段階での攻撃を望んでいた。延期を求めたのはビビ(ネタニヤフ)の方だ」と語り、タイミングは「共同で遂行するという合意の下、完全に調整されていた」と強調した。
当初の計画では、国民の支持を取り付ける時間を稼ぐため、攻撃は3月下旬か4月初旬を予定していた。しかし、ネタニヤフ氏が前倒しを強く迫ったと米当局者はアクシオス(Axios)に語った。
当局者によれば、ネタニヤフは「焦燥感」をあらわにし、隠れ家に潜伏中のイラン反体制派のリーダーたちが政権に殺害される危険がある、と警告し始めたという。
このスケジュールの加速により、政権は準備不足を露呈した。戦争の正当性を数週間かけて訴える代わりに、ホワイトハウスは爆弾が投下された「後」になって、攻撃を正当化せざるを得なくなったのである。
「好機があまりにも早く訪れたため、事前に十分な説明を行うことができなかった」と当局者は認める。別の当局者も、ルビオやホワイトハウスの情報発信が混乱し、攻撃後にようやく戦争の根拠を説明し始めたことを認めている。
トランプ、ネタニヤフ両者が土曜日(28日)の攻撃を隠密に進めたため、多くの米国市民が予期せぬ事態に巻き込まれた。イランが湾岸全域で報復攻撃を開始する中、市民たちは現地に取り残された。
ルビオ率いる国務省は、域内からの脱出を求める1,500人以上の米国人のための緊急避難計画に追われた。
火曜日(3日)記者団から「なぜ避難計画がなかったのか」と問われたトランプは、こう答えた。「ああ、それはすべてが非常に急激に起こったからだ」。
ワシントンのイェヒエル・ライター駐米イスラエル大使は、2月23日の電話会談の詳細についてはコメントを避けたが、ネタニヤフが焦っていたという点や、反体制派リーダーへの脅威を加速の理由に挙げたという点については否定した。
「過去1年間、我々はイランに関して米国のパートナーとかつてないほど緊密に協力してきた。イランがイスラエル、米国、そして自由世界にもたらす危険について、我々の認識は一致している」とライターはアクシオス(Axios)に語った。さらに大使はこう付け加えた。「トランプ大統領を知る者なら誰でも、彼が誰かに操られるようなリーダーではないことを理解しているはずだ」。
トランプもまた火曜日(3日)、決定権をネタニヤフ氏が握っていたという示唆を同様に一蹴した。「あの狂人たちと交渉を続けていたが、私の考えでは、彼らの方が先に攻撃してくるはずだった。私はそう確信していた。むしろ、私がイスラエルの背中を押したと言ってもいいくらいだ」。
ホワイトハウスはアクシオス(Axios)の報道を否定せず、火曜日(3日)のトランプとルビオの公的な発言を引用するにとどめた。(“Exclusive: The Trump-Netanyahu call that changed the Middle East”, By Marc Caputo, Barak Ravid, Axios, March 4, 2026)



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