ギデオン・ラックマン 外交問題チーフ・コメンテーター
ルビオ米国務長官は14日、ドイツで開かれたミュンヘン安全保障会議で演説し、聴衆の一部からスタンディングオベーションを受けた。欧州の指導者たちはすべてを水に流し、今後はトランプ米政権に好意的な姿勢を取ることに決めたのだろうか。
全くそうではない。今のところ欧州にとっても米国にとっても新たな危機を回避することが互いの利益にかなう。こうした事情がルビオの演説を穏健なものにし、会場の反応を温かいものにした主な理由だ。
だが欧州の指導者たちのミュンヘン安保会議での演説や彼らの側近たちとの対話からは、ルビオが米欧間の亀裂を修復できなかったのは明らかだ。むしろここへ来て、この亀裂はさらに拡大し、深まる方向に向かっているようだ。欧州各国は今後発生する危機に備え、トランプ政権に対する防御策を講じ始めているからだ。
過去1年の間に生じたダメージは、一つの演説で修復できるものではない。2025年のミュンヘン安保会議におけるバンス米副大統領による欧州に対する侮辱的で攻撃的な演説は、米欧関係が着実に冷え込む流れを形づくった。トランプ米大統領が26年1月に改めてデンマーク自治領・グリーンランドを米国に併合すると脅したことで、欧州では米政権が味方であると同時に敵でもあるという認識が強まった。
ルビオはミケランジェロやビートルズなどへのうんざりするほどの賛辞を演説にちりばめ、欧州帝国主義への奇妙な郷愁さえにじませた。だが、その根底にあるメッセージはバンスの昨年の演説とさほど変わらなかった。
ルビオは欧州に新たな協力関係の構築を呼びかけたが、強い条件付きだった。それは「MAGA(米国を再び偉大に)」運動が掲げる(ナチス・ドイツの)「血と土のナショナリズム」を欧州の指導者たちは受け入れる必要があるというものだ。
トランプ政権が「ドイツのための選択肢(AfD)」やフランスの国民連合(RN)、英国のリフォームUK(改革党)、ハンガリーのオルバン首相率いるフィデス・ハンガリー市民連盟といった欧州の極右ナショナリスト政党を自分たちと親和性が高いパートナーと見なしているのは明らかだ。
これらの政党は今の欧州各国政府にとって直接的な脅威であり、ひいては欧州の民主主義そのものへの脅威となり得る。
この1年に経験してきたことは、欧州に2つの重要な教訓を刻み込んだ。第1は、トランプ政権下では欧米関係に次々と危機が訪れ、窮地に陥るのが不可避だということだ。次の危機はグリーンランド、貿易、ウクライナ、あるいは別の問題を巡るものかもしれない。しかし、危機は確実に訪れるだろう。
第2の教訓は、トランプ氏に譲歩するのは間違いだということだ。欧州は貿易を巡る問題で譲歩することを選び、報復措置を取ることなく米国の関税を受け入れた。だがこの決定は、欧州は弱いとの印象を与えてトランプのさらなる攻撃を招いた。
一方、グリーンランド問題では異なる対応に出た。欧州は結束して立ち向かい、反撃する用意があることを明確にした。すると、トランプは後退した。
欧州はこうした経験を通じ、米国との関係は敵対的なものになるとあきらめたわけではない。北大西洋条約機構(NATO)の同盟関係は依然、欧州安全保障の要だ。ウクライナやそのほかの問題でトランプ政権と建設的に協力できる機会があれば、それを生かすだろう。
とはいえ欧州各国政府は今、米国からの圧力に対する自分たちの脆弱性を低減しようと積極的な取り組みも進めている。
ミュンヘン安保会議で14日に演説した欧州連合(EU)のフォンデアライエン欧州委員長は、「欧州は我々の安全保障と繁栄に影響を及ぼすあらゆる側面において、…もっと自立しなければならない」と述べた。
ドイツのメルツ首相は13日、会議開幕時の演説で、米国が何十年も欧州に提供してきた「核の傘」を撤回する事態に備え、フランスと英国と協力し、欧州の核抑止力の構築を検討し始めていると明らかにした。
フランスのマクロン大統領はミュンヘン安保会議を前にしたインタビューで、人工知能(AI)からクラウドコンピューティングに至るまで、あらゆる分野で「欧州を優先する」産業政策を提唱した。
英国のスターマー首相は同安保会議での14日の演説で、自国政府がEU単一市場との関係強化を望んでいることを強調し、英国は「互いに異なる外見を持つ人々」は平和的に共存できないという考え方を拒否すると静かに語った。
欧州はトランプ政権への防衛策を準備するだけでなく、攻撃に出ることも考え始めている。注目すべきはデジタルサービス分野だ。米起業家イーロン・マスク率いる米X(旧ツイッター)は、その標的となり得る。
第1段階は、SNSの利用を巡りオーストラリアが25年12月に導入したような年齢制限を設ける可能性だ。次の段階は、SNSの基盤となるアルゴリズムへのアクセスを要求することだろう。これはもっと困難で、論争を呼ぶことになるだろう。
もっとも、欧州が迅速かつ効果的に行動できるかは疑問だ。特にEUが米テック大手各社に対抗措置を講じた場合、米国が猛反発すると予想されることを踏まえればなおさらだ。
欧州各国の現政府の多くは、深刻な政治的、経済的困難に直面している。マクロンは今も優れた演説をするが、国内ではレームダック(死に体)だ。スターマーの労働党党首および首相としての地位も危機的状況にある。英国もフランスも、軍事面、産業面での目標達成に向けて十分な財政余力があるとは言い難い。メルツ率いる連立政権はうまく機能しておらず、ますます人気を失っている。
欧州の意思決定は遅々として進まないことで有名だ。英国のEU離脱によって生じた数々の問題が、英国とEUの協力を一段と難しくしている。フランス政府とドイツ政府の関係も良好とは言えない。オルバン率いるハンガリーが、欧州が一致団結して動くのを阻むことも多い。
これらの問題はいずれも否定できない現実だ。ただし、欧州はいつでもすぐに使える圧倒的な経済的資源、知的資源、技術的資源を有している。問題は欧州がこれらの資源を活用する道をみつけられるかどうかだ。
欧州の人々は、危機に直面しないと難しい決断を下せないということがよくある。トランプはまさにこうした難しい危機をもたらしてきた。そしてルビオの演説は、明らかに欧州の危機感を軽減するものではなかった。(“Why Rubio failed to repair the transatlantic rift”, ‘A moment of calm in relations between Europe and the US is a prelude to crises ahead’ By Gideon Rachman, chief commentator on foreign affairs, Financial Times, February 16, 2026)




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