パトリック・ウィントゥール、ジュリアン・ボルジャー記者
ジョナサン・パウエル氏は、イラン側の「驚くべき」核提案が戦争への
突進を阻止し得たと考えていた、と情報筋が語る。
イギリスの国家安全保障補佐官ジョナサン・パウエル氏が、米国とイランの最終協議に出席し、イラン側が示した核計画に関する提案は、戦争への突進を阻止するのに十分なほど重要であると判断していたことが、ガーディアン紙の取材で明らかになった。
情報筋によると、パウエル氏は2月下旬のジュネーブ協議で進展があったと考えており、イランが提示した案を「驚くべきもの」と評していたという。
この協議が終了し、ウィーンでの次回の実務者協議の日程が合意されたわずか2日後、米国とイスラエルはイランへの攻撃を開始した。
パウエル氏が協議に出席し、交渉の進展状況を詳細に把握していたことは、3つの情報筋によって確認されている。
ある情報筋によれば、同氏はジュネーブ近郊コロニーにあるオマーン大使公邸の建物内にアドバイザーとして詰めていた。これは、ドナルド・トランプ氏の娘婿ジャレッド・クシュナー氏や複数の問題でトランプ氏の特使を務めるスティーブ・ウィトコフ氏らが代表する米国側の交渉専門知識に対する広範な懸念を反映したものだった。
クシュナー氏とウィトコフ氏は、技術的な専門知識を補うために国際原子力機関(IAEA)のラファエル・グロッシ事務局長をジュネーブ協議に招いていたが、クシュナー氏はのちに、自身とウィトコフ氏は「この件における重要な論点について、かなり深い理解を持っている」と主張することになるが、核の専門家らはのちに、ウィトコフ氏のイラン核計画に関する発言は、初歩的な誤りだらけだったと指摘している。
パウエル氏は調停者として長い経験を持っており、ある情報筋によれば、同氏は英内閣府から専門家を同行させていた。ある西側の外交官は「ジョナサン(パウエル氏)は合意は可能だと考えていた。ただ、イラン側、特に核施設への国連査察の問題については、まだ完全に歩み寄ったわけではなかった」と語った。
ジュネーブ協議に参加した者から報告を受けた元当局者は次のように語った。「ウィトコフとクシュナーは米国の技術チームを同伴していなかった。彼らはグロッシを技術専門家として利用したが、それは彼の仕事ではない。だからジョナサン・パウエルは自前に専門家チームを連れて行ったのだ」。この元当局者はまた、「イギリスのチームは、イラン側がテーブルに出してきた内容に驚いていた」としながら、「完全な合意ではなかったが、進展であり、それがイラン側の最終回答であるはずもなかった。イギリスのチームは、ジュネーブでの進展に基づいて次回の交渉が進むものと考えていた」と付け加えた。
その次回の協議は3月2日(月)にウィーンで開催される予定だったが、実現することはなかった。米国とイスラエルがその2日前に総攻撃を開始したからだ。
パウエル氏がジュネーブでの協議(および同月上旬に同じくスイスで行われた一連の会合)に出席していたことは、イギリス政府が米国のイラン攻撃への支持に消極的であった理由を一部であった。この消極的な姿勢は、米英関係にかつてない緊張をもたらしている。
イギリス側は、欧州に対するイランのミサイル攻撃が差し迫っているという証拠も、イランが核兵器を確保しつつあるという説得力のある証拠も確認していなかった。イギリスがこれほど密接に協議に関与していたことが明らかになったのは今回が初めてであり、同国には「外交的選択肢が尽き、米国の攻撃が必要であったかどうか」を判断する十分な根拠があったことになる。
むしろイギリスは、イランがいかにして核兵器を求めていないことを米国に確信させるかという長年の問題について、パウエル氏が、交渉による解決への道が開かれ続けていると信じていたため、今回の攻撃を「違法かつ時期尚早」とみなしていた。
英首相官邸は、パウエル氏の協議への同席や、それに対する同氏の見解についてのコメントを避けている。
キア・スターマー首相は、当初アメリカによる英軍基地の使用を拒否し、イランがイギリスの湾岸同盟国への攻撃を開始した後にようやく、防衛目的に限って使用を許可するなど、米国の攻撃を十分に支援しなかったとして、トランプ氏から繰り返し非難されている。
トランプ氏は、欧州の加盟国がホルムズ海峡封鎖解除の要請に応じないなら、NATOにとって不利益になるだろうと警告したが、その要求は拒否されている。
ジュネーブで行われたイランと米国の間接協議は、オマーンのバドル・ビン・ハマド・アル・ブサイディ外相が仲介していた。
湾岸諸国の外交官は、パウエル氏がどのような名目で協議への同席を許されたのか詳細は明かさなかったが、それは同氏がかつてトニー・ブレアの首席補佐官を務めていた時期を含め、長年米国と築いてきた信頼関係を反映している可能性がある。
イギリスの当局者はその後、イランが合意を「恒久的なもの」にする準備ができていたことに感銘を受けたと説明している。2015年の核合意とは異なり、計画の制限が終了する「サンセット条項(失効条項)」が含まれていなかったからだ。
また、イランは国内に保有する440kgの高濃縮ウランの在庫をIAEAの監視下で希釈することに同意していた。将来的に高濃縮ウランの備蓄を一切行わないことにも同意していた。
協議の最終セッションで、イランは国内での濃縮作業を3〜5年間停止することに同意したが、午後のセッションで米国側は(トランプ氏との協議を経て)10年間の停止を要求した。
実のところ、2025年の濃縮施設への爆撃により、イランには国内で濃縮を行う手段は元々残されていなかった。
さらにイランは、仲介者が「経済的なボナンザ(特需)」と表現するような提案も行っていた。将来の民生用核計画に米国が参加する機会を与えるというものだ。
その見返りとして、イランに対する経済制裁の約80%が解除されることになっていた。これには2025年の協議でイランが要求していた、カタールで凍結されている資産も含まれていた。
オマーンの仲介者は、「高濃縮ウランの備蓄ゼロ」という提案は画期的な進展であり、合意は手の届くところにあると考えていた。
クシュナー氏が、「トランプ氏は合意内容を歓迎するだろう」という印象を与えて協議の席を立ったのか、それとも「戦争が最善の選択肢ではないとトランプ氏を納得させるには、よほど巨大な成果が必要だ」と米交渉団が認識していたのかについては、証言が分かれている。
協議を知るある湾岸諸国の外交官はこう語った。「我々はウィトコフとクシュナーを、出口を探している大統領を戦争へと引きずり込んだ『イスラエルの手先』とみなしていた」
パウエル氏が協議に同席していたというガーディアン紙の報道は、火曜日(17日)の議会で、ウェールズ民族党のリズ・サビル・ロバーツ議員がイヴェット・クーパー外相への質疑の中で引用した。
サビル・ロバーツ議員は、「外交的選択肢は依然として有効であり、欧州へのミサイルの脅威が差し迫っている証拠も、イランが核兵器を取得した証拠もなかったようだ」としながら、クーパー外相に「大臣は、当時まだイランと米国の間に交渉の道が残されていたと考えますか? もしそうなら、米国とイスラエルの最初の攻撃は時期尚早で違法だったということになりませんか?」詰め寄った。
クーパー外相はこう答えた。「英国は核に関する議論をめぐる交渉や外交プロセスへの支援を行いました。我々はその道筋が重要であると考え、継続を望んでいました。それが、最初に行われた米国の攻撃に対して我々が取った立場の理由の一つです」。(“Exclusive: UK security adviser attended US-Iran talks and judged deal was within reach”, ‘Jonathan Powell thought Tehran’s ‘surprising’ offer on its nuclear programme could prevent rush to war, sources say’, By Patrick Wintour and Julian Borger, the Guardian Tue 17 Mar 2026)




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