金正恩は正しかった — そして、他の誰もがその教訓を学んでいる アジア太平洋地域・国際問題専門誌『ディプロマット』2026年5月4日

マリー・プライザーチ
香港大学・現代中国&世界研究センター研究マネージャ

イラン戦争は、2022年のウクライナ侵攻と並び、
北朝鮮の強固な信念が正しかったことを裏付けた
:核兵器こそが主権の唯一の保証である

イラン戦争はすでに歴史的な規模の影響を及ぼしており、世界のエネルギー市場を覆し、すでに緊張状態にあった国際秩序の亀裂を深めている。しかし、最も長く続き、かつ最も破壊的な影響は、いまだにその多くが目に見えないままである。イラン戦争は、2022年のウクライナ侵攻と並んで、北朝鮮の際どい計算が正しかったことを裏付けた。すなわち、核兵器こそが国家の主権を保証する唯一の手段である、という計算だ。

1994年当時、キエフ(ウクライナ)は世界第3位の核兵器保有国だった。ウクライナは「ブダペスト覚書」の条件に基づき、米国、英国、ロシアからの拘束力のある安全保障の見返りとして、自発的に核兵器を放棄した。

この計算は、ロシアがウクライナの領土を削り取り始めるまで、わずか20年ほどしか維持されなかった。まず2014年のクリミア侵攻と併合があり、次いでウクライナ東部のドンバス地方の一部を占拠した親ロシア派武装勢力を巻き込んだ代理戦争が起きた。

そして2022年2月、ロシア軍は第二次世界大戦後、欧州で最大規模の陸上侵攻となるウクライナ領内への進軍を開始した。ウクライナの核抑止力に代わるはずだった「保証」は、わずか数時間のうちに完全に無意味であることが証明された。それでも多くの観測筋にとって、ロシアの侵攻は警戒すべきものではあるものの、限定的なケースに留まっていた。ロシアは、二度と繰り返されることのないであろう特殊な状況下で、冷戦後の秩序という規範の外側で行動しているのだ、と考えられていた。

イランの核計画を巡る国際社会との関係は、長く論争の絶えないものであったが、前向きな進展がなかったわけではない。テヘラン(イラン)とP5+1(常任理事国5カ国プラスドイツ)の間で交渉がなされた2015年の「包括的共同行動計画(JCPOA)」の条件の下で、イランはウラン濃縮能力の大幅な制限を受け入れ、国際原子力機関(IAEA)による査察に同意し、核インフラの相当部分を解体した。

その見返りとして、イランは制裁緩和を受け、暗黙のうちに特定の国際規範に従う意思のある国家としての一定の正当性を得た。2018年に米国が一方的に合意から離脱したことで、イランの核計画は徐々に再開された。しかし、その後の数年間においても、テヘランは外交的な働きかけに応じ続け、2022年という最近の時点でも合意復活を目指す交渉に参加していた。

核不拡散体制の専門用語を使えば、イランは依然として「非核兵器保有国」であり、専門家の間でも、核兵器開発まで「あと数週間」という段階にはなかったということで一致していた。他にいかなる違反行為があったにせよ、イランは核能力を安全保障と経済統合と引き換えにするという開放性を示していたのである。

だが、その開放性がイランを守ることはなかった。

2026年に始まった米国主導の対イラン軍事行動については、国際法上の合法性、戦略的根拠、人道的な結果など、多くの面で議論の余地があるだろう。しかし、動かぬ事実は、イランは非核保有国であり、不完全ながらもこのような紛争を不要にするために設計された外交的枠組みに関与していたということだ。にもかかわらず、イランは攻撃された。核不拡散の推進派が長年依拠してきた因果関係、すなわち「自制が安全保障を生む」という理屈は、全世界が見守る前で、再び、目に見える形で、かつ暴力的に断ち切られてしまったのである。

ロシアのウクライナ侵攻を、特定の歴史的怨恨や特定の指導者、あるいはNATO関連の特異な緊張の産物と見ていた国々にとって、米国の対イラン・軍事攻撃は一つの不快な可能性を突きつけた。ウクライナは例外ではなく、新しいパターンの「測定値」の一つに過ぎなかったのではないかということだ。どちらのケースにおいても、通常兵器のみを保有する国家が、核保有国による武力行使にさらされ、そのような事態を防ぐために名目上設計された国際的枠組みは何ら意味のある保護を提供しなかった。

イランとウクライナ以外でも、このパターンは規模こそ小さいものの、同様に示唆に富む事例に見ることができる。2020年の国境紛争において、インドと中国の軍隊が棍棒や有刺鉄線で戦ったのは、核保有国同士の一発の銃声が、どちらも冒すことのできない結果を招くことを知っていたからだ。対照的に、ベネズエラ政府にはそのような「均衡装置」はなかった。その国の指導者は米特殊部隊によって連れ去られて外国の法廷に引き渡され、その主権は一夜にして消滅した。

通常兵器の基準で見れば、世界で最も貧しく孤立した国の一つである北朝鮮は、その逆の力学を体現している。推定50発の核弾頭を保有しているがゆえに、金政権は手出しできない存在であり続けている。一方で、より裕福で、よりグローバルに統合された国々が軍事介入に直面しているのである。

4月9日から10日にかけて行われた中国の王毅外相による予期せぬ平壌訪問と、金正恩氏との直接会談(これはトランプ・習近平会談を控えた戦略的な布石と解釈されている)は、この論理を浮き彫りにした。北朝鮮が中国にとってコストがかかり、予測不能で、外交的立場を難しくする同盟国であるにもかかわらず、平壌の核戦力ゆえに、北京は彼らを無視することができないのである。もし北朝鮮がウクライナやイランの道を歩み、自国の核戦力を統合や安全保障の約束と引き換えていたならば、王毅外相がわざわざ平壌を訪れる理由はほとんどなかったと言って間違いないだろう。

北朝鮮、ウクライナ、イラン、ベネズエラの政府が腐敗しているか、独裁的であるか、あるいは国際的な非難に値するかどうかは、もはや重要ではない。現在、東京からリヤドに至るまで、各国の外務省で問われているのは、「自国がある日、次の測定値になるのではないか」ということだ。

この台頭しつつある論理がもたらす結末は、いくら強調してもしすぎることはない。諸国家は、核不拡散の「取引」が失敗するのをリアルタイムで目撃しており、合理的だが恐ろしい結論を導き出している。無視できない唯一の保証は、核兵器だけであると諸国が悟るにつれ、戦略ドクトリンの再編が確実に進行している。

これは、核拡散を推奨する議論ではない。核を保有できるすべての国が核を手にする世界は、決して安全な世界ではない。事故、誤算、あるいは意図的であるかを問わず、核戦争が起きる確率は、弾頭が一つ増えるごとに高まっていく。個々の国家を核保有へと向かわせる論理は、個別の国家にとっては合理的であっても、集団としては破滅的なものだ。

悲劇的なのは、これに対する明白な処方箋がないことだ。核不拡散体制を修復するには、核保有国による一貫した信頼ある行動を通じて、その取引の前提を再び信じられるものにするしかない。そのためには核大国が、ムラのある言動ではなく持続的な行動によって、過去5年間の出来事からすれば期待できそうもない「節度」を持って行動することを示す必要がある。

後に残されたのは、核拡散へのインセンティブがかつてないほど強まり、それを阻止するツールがかつてないほど弱まり、国際社会がこの力学を信頼できる形で逆転させられる猶予期間がなくなりつつある、暗澹たる危険な世界である。軍縮が「脆弱性」と同義になったとき、自国を守るための選択肢は、唯一の、そして危うい選択肢へと狭まっていくのである。

非核保有国は、この教訓が世界中で繰り広げられるのを目にしてきた。この教訓が、もはや学ばれずに済むことはないのである。(“Kim Jong Un Was Right –and Everyone Else Is Taking Notes”, ‘The war in Iran, alongside the 2022 invasion of Ukraine, has vindicated North Korea’s mantra: nuclear weapons are the only guarantee of sovereignty’ By Mallie Prytherch, The Diplomat, May 4, 2026)

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