金日成・金正日主義研究 第197号掲載
ヨーロッパ・チュチェ思想研究学会書記長 ユハ・キエクシ
昨年、わたしたちは、平壌を訪問し、朝鮮労働党創立80周年を祝賀しました。そして、今年すでに、朝鮮労働党第九回大会が成功裏に開催されています。これらの事実は、朝鮮民主主義人民共和国(以下朝鮮)において、チュチェ思想にもとづく社会主義が成功をおさめていることを示しています。
労働者階級にとって、資本主義を打倒し、民主的で公正な社会を建設するためにたたかっていくことは、権利であり義務であるがゆえに、わたしたちは、朝鮮の威力について正しく認識していく必要があります。
1990年代初頭、ソ連における社会主義が崩壊しました。ソ連では、民衆がソ連社会主義の理論的基礎であるマルクスによって明らかにされた科学的社会主義について、十分に理解していませんでした。民衆にとって弁証法的史的唯物論はあまりにもむずかしすぎるのではないかと考えられていました。科学的社会主義にたいする理解の欠如により、長期的な目標やどのように社会主義を建設すべきかについて、民衆のあいだで合意形成がなされませんでした。ソ連では、商品生産においてヨーロッパ諸国に追いつくという目標が追求されましたが、これは、むしろ社会主義とはあいいれないものでした。
もちろん、ソ連・東欧における社会主義の崩壊の要因は他にもありました。しかし、自分自身の見解として、わたしは思想活動の軽視がもっとも重要な要因ではなかったかと考えています。思想活動は社会主義制度の樹立後も長くつづくものであり、朝鮮では金正恩総書記がこの問題について頻繁に言及しています。直近では朝鮮労働党第9回大会でもその点が強調されていました。三大革命のうち、思想革命がもっとも重要であると述べられていました。
朝鮮における社会主義建設においても、もちろんマルクス・レーニン主義の原則、弁証法的史的唯物論はしっかりとふまえられていました。しかし、金日成主席はこれらに一定の弱点があることをみぬき、社会主義建設を進めるうえで、朝鮮人民の要求にもっとも適切にこたえる思想としてチュチェ思想を創始しました。史的唯物論はさまざまな社会形態の弁証法的発展について解明していますが、社会主義制度が樹立された後に社会をいかに建設すべきかという問題については解明が不十分であったり、単なる予測の域をでないものであったりしました。
朝鮮における社会主義建設は、チュチェ思想こそが人民の要求にもっとも合致し、人民の要求に即してこそ社会主義社会をたえず発展させることができることを実証しました。
チュチェ思想は、人間があらゆるものの主人であり、すべてを決定するという哲学的原理にもとづいています。チュチェ思想にもとづくなら、社会は政治的自主、経済的自立、国防における自衛の原則にもとづいて建設されなければなりません。いいかえれば、チュチェ思想は、民衆が外部からの影響を強くうけることなく、また大国に依存することなく、自国を統治していかなければならず、自給自足、自国の資源にもとづく民族経済を建設し、外国の援助に頼らずに、自国を防衛しなければならないと明らかにしています。
ヨーロッパ諸国の状況は、これとは真逆の方向に進んでいます。ヨーロッパ諸国では、人々がたがいに競争することを強いられ、他者を犠牲にして巨額の富を蓄積した者が称賛されるという極端な個人主義が蔓延しています。資本主義制度は搾取にもとづいており、EUや米国などの帝国主義ブロックは、その支配を維持するためにたえず新たな市場や資源を追いもとめなければなりません。ヨーロッパ諸国における極端な軍事化をまねいている要因がここにあります。武器購入の資金は民衆からしぼりとられており、民衆の生活水準は悪化の一途をたどっています。
ヨーロッパの社会制度が民衆の声に耳をかたむけていないことは明らかです。帝国主義勢力の繁栄のために、国際的大資本の指示のもとにすべてが動いています。
ヨーロッパの今日的状況
労働者階級は、ヨーロッパの全域できびしい経済状況にあります。労働者の実質賃金は低下し、ますます多くの人々が貧困に直面しています。労働形態そのものが変化しており、今日の労働は、一時的雇用契約、ネット契約労働、非常勤雇用といった形態が特徴となっています。労働組合の組織力は弱まっており、その結果、かつて闘争を通じてかちとられた労働者階級の諸権利が加速度的に反故にされていっています。社会保障は弱体化し、医療や教育は民営化され、公共資産が売却されつつあります。
これらすべてが、資本の蓄積につながっています。つまり、貧しき者はますます貧しくなり、富める者はますます富んでいきます。このような状況はソ連の崩壊と深く関連しています。第二次世界大戦後、ヨーロッパではいわゆるケインズ経済学が提唱され、資本家階級は強い労働運動の要求を考慮せざるをえませんでした。労働者階級と資本家階級間の交渉の席では、第三の勢力、すなわち社会主義制度が後押ししているとみなされていました。ソ連・東欧における社会主義の崩壊後、新自由主義経済政策が、いささかの制約をうけることなく推進されるようになりました。
2022年以降、ヨーロッパでは戦争がつづいています。その根本的な原因は、ソ連における社会主義の崩壊にまでさかのぼります。ウクライナ紛争自体は2014年からつづいています。当時、ウクライナではヨーロッパ諸国がしかけた軍事クーデターがおこり、合法的に選出されたヤヌコビッチ大統領が辞任においこまれました。クーデター直後から、ロシア語話者住民にたいする弾圧がおこなわれ、ナチス時代の負の遺産にたいする再評価がはじまりました。今日までつづくウクライナの内戦は、2014年のクーデターに端を発しているとみることができます。ヨーロッパの資本家たちにとっては、このクーデターが重要な意味をもっていました。ウクライナを掌握することでロシアの天然資源の掌握にもその支配権がおよぶようになるからです。
ヨーロッパの資本家にとってウクライナは、天然資源、そして農業の面でも重要な存在です。ウクライナは大規模な農業国であり、穀物やひまわり油の世界有数の輸出国です。すでに農地の大部分が国際大資本の管理下におかれています。上位五つの農場の総面積は200万ヘクタールを超え、その所有権の登録がルクセンブルク、キプロス、米国、オランダによってなされています。
ウクライナのEU加盟は、これらヨーロッパの大資本が目標としているものです。もしウクライナがEUに加盟すれば、EUがウクライナ農業に多大な影響をおよぼすことができるでしょう。ウクライナには3000万ヘクタール以上の耕地があります。もしウクライナが、現行の水準で農業補助金を満額うけとることができれば、ウクライナは最大の受益国の一つとなるでしょう。これは、現在のEU加盟国側からすれば、これらの諸国がEUからうけとっている補助金の水準が大幅にひきさげられることを意味します。たとえば、フィンランドの場合、農業収益性は低いです。農産物の販売収益が生産コストを上回っているとはいえますが、農民に支払われる賃金はEUの農業補助金から支払われるため、補助金の額面の度合がフィンランドの農業および食糧自給の度合を確定するうえできわめて重要になります。周知の通り、自給自足なくして政治的自主は固守できません。自給自足の度合いが政治的自主に影響をおよぼすということが、今日のフィンランドでは顕著です。
ウクライナ問題は、ヨーロッパ諸国の共産主義者や左派を二分しています。この問題の争点は、ロシアのウクライナにおける軍事行動を帝国主義的とみなすべきかどうかという問題です。この場合、唯一関連性のあるレーニンの帝国主義論の観点からみれば、この問題をロシアが帝国主義であるとして分析することはできません。ロシアはまた、領土の再配分はせず、参加国が互助関係にある経済共同体、BRICSへの参加国です。
一方、1990年代初頭には、ロシアに向かってNATO加盟国が拡大することはないという約束がなされたにもかかわらず、2014四年以降、米国およびヨーロッパ諸国の帝国主義はロシアの国境にますます接近していきました。ロシアにとっては、隣国が自国の安全を脅かさないと確信できる状況が不可欠です。
わたしは、このような今日の状況について、1930年代のフィンランドとソ連の関係にたとえて分析しています。資本家の側からの教育では、1939九年にソ連がフィンランドにたいしていわゆる「冬戦争」を開始したとされます。しかし、誰が最初に侵攻したのかということは重要な問題ではありません。フィンランドは1920年代からソ連にたいして攻撃をしかけており、当時の政権は強硬な反ソ政策を追求していました。仮に1939年にソ連、フィンランド間で戦争がおこらなかったとしても、フィンランドは着々と軍事化を進めて、かならず後日、ソ連を攻撃していたでしょう。こうした背景に目を向けるなら、当時、フィンランドが帝国主義ドイツとの同盟を求めたことは理解できることです。
わたしは、現在のヨーロッパ諸国と米国の関係について少しふれておきたいと思います。両者の関係もまた変わりつつあります。ヨーロッパ諸国と米国間において戦後、これまで維持されてきた同盟関係は資本主義の変化にともない変わりつつあります。たとえば米国は、デンマークからグリーンランドの獲得をはかっており、カナダやパナマにたいしても威嚇しています。
わたしは、ヨーロッパ諸国と米国間において発生した、そこここにみられる対立を、資本主義ブロック間における覇権争いが激化していることとみなしています。このような事態は、利潤率の低下が必然的な資本主義固有の法則にてらして避けられないものです。ヨーロッパ諸国はロシアにたいして強硬な姿勢をうちだしています。一方、米国はウクライナ問題でロシアをうち負かすことはできないだろうとみています。さらに、ヨーロッパ諸国がいまやロシアとのあらゆる協力関係を断っているという状況があります。このような状況のもとで、米国は、もし米国企業がヨーロッパ企業との競争なしにロシア市場に参入できれば、巨額の利益を得る機会がうまれ、一時的に利潤率のさがった自国の状況をくいとめることができるだろうと考えているでしょう。
フィンランドの状況について
2022二年にウクライナ危機がはじまると、フィンランドはロシアの行動を強く非難し、すみやかにNATOに加盟し、ロシアとの経済関係を断ち、東部国境を封鎖しました。フィンランドは米国にたいし、自国にある一五ゕ所の軍事基地の使用を許可しました。ロシアとの国境の封鎖、ロシアとの経済文化交流の断絶、そしてロシア制裁に熱をあげているフィンランドにおける反ロシア勢力の政策が推進されることにより、フィンランドは長期にわたる経済不況においこまれました。
フィンランドのNATO加盟は、いわゆる「ロシアの脅威」によって正当化されました。「ロシアの脅威」を宣伝したのはどのような勢力でしょうか。いくつかのフィンランドの議会政党によってこれが叫ばれ、ずっととなえつづけられてきたのです。ウクライナ紛争がおこり、フィンランドの支配層はこれを好機ととらえ、フィンランド人民の利益に反し、公の議論もへずに、かねてより準備してきたNATO加盟をきわめて迅速に実行したのです。ロシアはフィンランドにたいして何ら脅威を与えていません。フィンランドが中立的立場を堅持していれば、フィランドはロシアとの関係で安全保障問題をうまく解決することができたでしょうし、自国の経済発展をとげ、福祉国家として発展していく可能性が十分にありました。しかし、別の見方をすると、これは資本家側にとっては都合の悪いことでした。
NATO加盟を契機に、フィンランドの経済は衰退し、フィンランドは現在、EU内で失業率のもっとも高い国となりました。労働者の雇用条件や諸権利はますます悪化の一途をたどっています。
NATO加盟を契機に、フィンランドの安全保障状況は確実に悪化しており、予算上、軍事費がかつてなく突出するようになりました。フィンランドがいまもなお福祉国家であるといえるのかどうか疑問がありますが、仮に福祉国家であるとしてもNATOに加盟したことが福祉制度を崩壊させています。事実、高齢者介護はまさに危機的状況にあり、高齢者がその状況にもっともふさわしい医療サービスをうけることは、ますます困難になっています。
フィンランドのメディアは事実上、大資本によって完全に独占されており、右派政権が放出する情報をただそのまま無批判的に流しつづけています。フィンランドのメディアは、ウクライナにおけるロシアの軍事作戦をきびしい口調で非難しています。
ロシアには制裁が課されていますが、ガザで大量虐殺をしているイスラエルの蛮行は容認されています。フィンランドは、イスラエルから武器を購入しており、むしろイスラエルを支援しているといえます。最近、米国によるイラン攻撃がおこなわれ、米国の爆弾によって百数十人のイランの子どもたちが殺害されたにもかかわらず、フィンランド政府は抗議ひとつしませんでした。それどころか、フィンランドのアレクサンデル・ストゥブ大統領は、イランがとった自衛行為、すなわち米軍基地への攻撃を非難さえしました。スリランカ沖でイラン船が沈没させられたことは、広く国際テロと認識されています。この事件にたいしてもフィンランド政府は抗議ひとつしていません。国際テロが横行していても、それが「しかるべき」当事者の行為であれば、フィンランドでは許容されるということです。
これらすべてのできごとは、フィンランドはじめヨーロッパ諸国の政権担当者たちが、民主主義や人民の権利、あるいは人民の福利厚生にはまったく関心がないことをきわめて具体的に示しています。大資本の独占下にあるメディアがこれらすべての悪行が必要であると、これがフィンランド人一人ひとりの利益にかなっていると、あやまった情報を民衆にふきこんでいるのです。
フィンランドはじめヨーロッパ諸国の政権担当者のこのような態度は、「ヨーロッパの価値観」に根拠をおいて正当化されています。では、「ヨーロッパの価値観」には何がふくまれているのでしょうか。「言論の自由」や「自由選挙」がしばしば強調されています。周知の通り、労働者階級の視点からすれば、ヨーロッパの現実においてこれらの価値観は実現されていません。「言論の自由」といってもメディアはほぼ完全に大資本によって独占されており、大資本の権力を維持し強化する価値観が推進されています。「自由選挙」といっても同様であり、多額の選挙資金が投じられ、また、大資本に独占されているメディアを味方につけた選挙運動だけが選挙戦で勝利をおさめているのです。
以上が、ヨーロッパおよびフィンランドの現状です。すなわち、ヨーロッパ諸国の自主性はますますそこなわれており、各国の政治権力は大資本に掌握されているということです。
朝鮮では、人民の要求に即して社会建設がなされている
朝鮮では、党が人民の要求に耳をかたむけ、迅速に対応するようつとめています。これにより、大衆、党、そして指導者のあいだに深い信頼関係がきずかれています。党は、他のいくつかの国でみられるような大衆から離れた存在ではなく、大衆の幸、不幸に常によりそっている存在です。朝鮮では、誰もとりのこされることなく、誰もが社会建設に参加しています。
チュチェ思想は、朝鮮の社会主義建設においてもっとも威力が発揮された思想であることが実証されています。
これは、各国人民がチュチェ思想を自国の状況にどのように適用できるかを検討するうえで、よい出発点となっています。チュチェ思想を学ぶということは、朝鮮の経験をそのまま模倣したり、そのまま自国に適用したりするということではありません。そうではなく、チュチェ思想の主要原則を活用して、いかに自国の革命を推進していくかということです。
このような立場から、わたしたちチュチェ思想研究者には貢献できることがたくさんあると考えています。わたしたちはチュチェ思想の研究普及活動を拡大していかなければなりませんし、またこの活動は、自国人民の立場から、チュチェ思想が何を意味するのかを深く考察したものでなければなりません。個人主義が蔓延するこの世界において、チュチェ思想の普及は一人ひとりに具体的にはたらきかけながらおこなわれるものであるため、チュチェ思想研究会はその規模の大小にかかわらず重要な役割を果たしています。 わたしたちは、チュチェ思想の思想理論について、そして朝鮮における適用について深く学んでいきましょう。わたしたちは、そこに、民主主義と人民の福利厚生、そしてより公正な世界への道をみいだすことができるでしょう。




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