朝鮮中央通信社論評:日本の核政策改定はすなわち戦犯国の核武装化である 2026年7月25日

【平壌7月25日発朝鮮中央通信】日本の現政権は、核保有の野望を一層露骨にあらわにしている。

17日、日本の防衛相は、フランスが核弾頭保有数を増やす意向を表明したことや、フィンランド国会が有事の際に自国領内への核兵器の持ち込みを可能にする改正法案を可決したことについて、「日本にとっては議論しにくい課題だが、言及しないわけにはいかないことの一つが核だ」と述べ、核政策の変更の必要性を唱えた。

列島の安全保障政策を統括する防衛相が、はばかることなく核政策の修正を口にしたのは、決してメディアに漏らした失言や、一時の気負いから出た放言ではない。

少し前にも、日本の首相は参議院で、「国家安全保障戦略」をはじめとする三つの安全保障関連文書の改定に合わせて、「非核三原則」の改定も当然「議論の対象」とすべきだと力説した。

日本の為政者らの破廉恥な率直な発言は、彼らが長年抱いてきた核武装化の野望を単なる公論化にとどめず、正式な重要国策として決定する段階へと進めようとする企図を公然とさらけ出したものである。

日本の核政策改定は、すなわち戦犯国の核武装化を意味する。

国際社会が公認しているように、日本において「非核三原則」の修正は、決して「議論の対象」となり得るものではない。

日本とは果たしてどのような国なのか。

一世紀前、全人類を奴隷化する野望の下、軍艦や飛行機、大砲や銃剣を振りかざしてアジア太平洋地域を血の海に沈めた極悪な戦犯国であると同時に、今日に至るまで過去の罪悪を否定し、歴史を歪曲し、国際社会に対して負う法的・道徳的責任をあくまでも回避している反人倫犯罪国家である。

敗戦後80余年の間に、日本の「自衛隊」は「本土防衛型」から、他国に対する先制攻撃を狙った「敵基地攻撃能力」の保有を公式化した「海外攻撃型」の武力へと転換され、「専守防衛」という欺瞞的な看板の下、防衛費も年々、「平和国家」の「必要最小限度」という条件を超える過去最高を更新し続けている。

日本の歴代為政者らは、執ような憲法改正の試みとともに、「海外派兵法」「周辺有事法」「テロ対策特別措置法」「安全保障関連法」などをはじめ、再侵略のための制度的・法的土台を少しずつ築いてきた。

とりわけ、政権発足当初から殺傷兵器の輸出を規制してきた「防衛装備移転三原則」とその運用指針の改定をあくまで強行し、今や「非核三原則」の改定まで推し進めようとしている現政権の新軍国主義的策動は、アジアの戦敗国である日本が現在の混乱した情勢を、軍事大国化を制限するあらゆる足かせを取り払う絶好の機会と見なし、公然と戦争国家への変身を加速させていることを明白に示している。

日本が先進的な核技術を保有し、多数の核爆弾を製造できるプルトニウムと濃縮ウランを蓄積しており、いつでも核兵器の大量生産を実現できることは、すでに公然の秘密となっている。

核兵器は、それ自体が内包する莫大な破壊力ゆえに、不正義の手に握られれば人類を害する暴虐の手段へと転落するが、正義の手に握られれば不正義を抑止するこの上ない抑止力となるというのが歴史の鉄理である。

再び罪を犯す可能性の高い戦犯国の核保有の野望を、その芽生えの段階で完全に踏みつぶさなければならないという世論の声が日増しに高まっている理由も、まさにここにある。

列島内の82の地方議会が政府と国会に対し、「非核三原則」を堅持するよう強く求める意見書を提出し、各地で「国民を欺く政治へ逆戻りすることは許されない」との批判が高まっているのも、核保有の野望を実現して新たな侵略の歴史をつくり出そうとする現政権の危険極まりない振る舞いに対する当然の糾弾であり、怒りと抗議の表れである。

表向きには「世界唯一の被爆国」という哀れなふりをしながら、報復主義的野望の下で人類に核の災厄をもたらそうとたくらむ新軍国主義の邪悪な企図に対し、全世界は厳正な審判を下さなければならない。

過去を忘れる者は過去を繰り返すように、新軍国主義へと突き進む日本の振る舞いは、結局、自ら墓穴を掘る結果だけを招くことになるであろう。

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