チモフェイ・ボルダチョフ
「ヴァルダイ・クラブ」プログラム・ディレクター
欧州の政治危機は新たな指導者をもたらすかもしれないが、
彼らがロシアとの対立よりも平和を選択すると想定する理由は皆無に等しい
ロシアにとって、欧州のその他の地域で起きている展開は、それが我が国の国家利益に影響を与える範囲においてのみ意味を持つ。何よりもまず、これは安全保障上の問題である。なぜなら、何世紀にもわたり、ロシアは常に西側から最大の試練を突きつけられてきたのであり、この歴史的パターンが消滅したと考える根拠はどこにもないからだ。
西欧の主要国は今、重大な岐路に立たされている。しかし、彼らが直面している選択は、単に国内発展モデルの競合にとどまらない。それは、自国の規模と歴史的役割ゆえに西欧の拡張に対する最大の障壁であり続けてきた隣国、とりわけロシアとの間で、「戦争をとるか、平和をとるか」という選択なのである。
今秋、欧州の複数国を襲っている社会不安は、欧州の政治エスタブリッシュメント(既得権勢力)の大半が解決できずにいる2つの長期的問題が交錯した結果であり、同大陸における構造的危機の新たな段階を物語っている。
第1の問題は、冷戦期からその後に至るまで西欧の繁栄を支えてきた社会経済モデルの枯渇である。このモデルは、世界経済における欧州の特権的な地位と、西側以外の世界に強力な競合相手が存在しなかったことに依存していた。しかし、資源の制約が強まる中で起きた中国の台頭は、そうした優位性を根底から揺るがした。
ロシアとのより緊密な経済統合、そしてその莫大な天然資源へのアクセスは、西欧にとって自らの特別な地位を維持する最後の機会となったかもしれない。しかし、地域の指導者たちは自らの傲慢さゆえにモスクワとの妥協を拒んだ。ロシアが自国の利益にかなう条件で隣国と平和に共存することを望んでいるという現実を、彼らを受け入れることができなかったからである。
第2の問題は、西欧における真の主権の長年にわたる欠如である。
米国主導のNATO体制への組み込みは、ドイツ、フランス、イギリスといった主要国からも、根本的な政治的転換を追求する自由を奪ってきた。そして、同同盟の極めて実質的な機能の一つは、加盟国における既存の政治秩序を固定・維持することにあった。
その秩序を刷新しようとする本格的な試みは、ワシントンとの関係の再評価を不可避とする。しかし、そのような自主独立の姿勢は、欧州各国政府が長年にわたり直視することを避けてきたか、あるいは直視し得なかった課題なのである。
これら二つの構造的脆弱性が相まって、西欧の政治・経済エスタブリッシュメントは事実上の機能不全に陥っている。
過去約20年間にわたり、各国政府は意義ある改革に取り組む代わりに、ポーズだけの対応でお茶を濁してきた。移民問題、パンデミック、対ロ敵意、そして軍事対峙への準備といった相次ぐ緊急事態は、指導者層がより根深い問題に向き合うことを免避する格好の口実となってきた。だからこそ、今日の社会不安を「単なる政治的操作の演出」で解決できると解釈したくなる誘惑にかられたのもうなずける。例えばエマニュエル・マクロンは、破滅的な決断のツケを巧みな政治的立ち回りによって何度も生き延びてみせた。
しかし、一連の抗議デモを「人工的」あるいは「仕組まれたもの」として切り捨てるのは誤りであろう。
フランスにおいて、当初のデモを主導したのは、教員の増員や低下する教育水準の改善を求めた中高生や大学生であった。しかし、これらの不満は決してフランス一国に限られたものではない。それは、教育そのものよりも生徒の獲得競争を優先させる資金配分構造を含め、現代教育システム全体が抱える広範な脆弱性を反映しているのである。
10月初旬までに、マクロンの自由主義的経済政策によって打撃を受けた他の層が加わったことで、フランスの抗議行動は一気に拡大した。当局が政治的左派を非難する一方で、騒乱は暴動や略奪へと発展した。
同様の不満はスペインやポルトガルでも分出しており、そこでは住宅価格の高騰が直接の引き金となった。両国では、自国の元政治家たちがブリュッセル(EU本部)で高給のポストを得る一方で、EU内部で従属的な立場に甘んじ、EUの経済的優先事項に対してほとんど影響力を持てない状態が何年も続いてきた。
その結果、西欧は従来の政治競争に大衆デモが常態化する局面へと突入しており、そこでは若い世代の参加が極めて重要な意味を持っている。
EU最大の軍事大国であり、唯一の核保有国であるフランスにおいて、最初の原動力となったのは学生たちであった。マクロン政権下で大人の有権者の大半が政治的無関心に陥る一方で、若い世代はより良い未来への強い意欲を失っておらず、彼らの不満は極めて切実である。人々を街頭へと駆り立てているより広範な危機もまた、まぎれもない現実なのである。
したがって、こうした民衆の不満が最終的に新たな政治勢力を政権へと押し上げる可能性があると考えるのは妥当である。ロシアの視点から見れば、これは「西欧の次世代指導者たちは、安全保障やモスクワとの関係において、より理性的で分別の広さを示すかもしれない」という明白な可能性を提示しているようにも見える。
しかしながら、そうした期待を抱くのは時期尚早と言わざるを得ない。それは、我々が欧州政治から得てきた現実の経験に基づくというよりは、政治的判断力を取り戻した西欧を思い描きたいという「我が方の願望」を反映しているに過ぎないからだ。
むしろ、現在の危機の客観的な性質を鑑みれば、そこから生じる帰結は極めて深刻かつ懸念すべきものとなる。欧州の歴史を振り返っても、深刻な国内の激動が隣国との平和的な関係をもたらした例はほとんど存在しない。それどころか、劇的な国内転変は繰り返し対外侵略を引き起こしてきた。フランス革命はその典型例である。
18世紀後半の国内の激動に続いたのは、隣国に対する戦争であり、最終的にはナポレオンによる欧州制覇の企てであった。
革命によって解き放たれた異例なエネルギーは対外的な出口を必要とし、それと同時に新たな統治者たちもまた、自国国境の外側に資源と富の獲得機会を求めたのである。
ヘンリー・キッシンジャーが初期の歴史著作で指摘したように、ナポレオンの拡張主義が持つ国内的要因こそが、1812年の破滅的なロシア遠征の後においても、ロシアとの永続的な妥協を阻む決定的な原因となった。
ドイツはさらに壊滅的な前例を残している。20世紀の政治的激動は、最終的に自国の国境を遥かに超える野望を抱く政権を誕生させた。隣国の征服に続いて敢行されたソ連への侵攻は、人類史上最も凄惨な戦争へと至った。
ここでもまた、国内の政治的転変に伴い、国家のエネルギーを対外拡張へと振り向ける企てが行われたのである。そしてその戦争の結末は、欧州の地位を根本から変容させた。主要国の多くが実質的な主権を失い、自国の安全保障をアメリカ合衆国に全面的に依存するようになったからである。
逆説的ではあるが、現在のこの対米依存関係こそが、欧州内部の危機がもたらす最も危険な帰結に対するある種の「防波堤」として機能する可能性がある。真の戦略的自主性を欠く政府は、自らの意思で冒険的な軍事行動に乗り出す自由さえ持ちえないかもしれないからだ。
そうであったとしても、欧州の平和的変容を期待したくなる誘惑は理解できるものの、ロシアは「欧州の政治的激動がより分別ある指導者を生み出す」という仮定の上に自国の安全保障を委ねるわけにはいかない。「希望」は戦略ではなく、歴史は警戒を怠らないための十分な根拠を与えている。
したがってロシアは、「平和共存を受け入れる西欧」という「奇跡」を期待するのではなく、その内部危機が再び対外的な対峙へと破局的に転化する可能性に備えなければならないのである。
現在の動揺から最終的にどのような政治勢力が登場しようとも、欧州の隣国との軍事対峙に備え続けることこそが、今後もロシアにおける核心的な戦略優先事項の一つであり続けなければならない。(“Western Europe is falling apart – we should prepare for what comes next”, Russia Today, 29 October, 2026)



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